【留学レポート】大久保陽子さん(第30回ハイメスコンクール<管・弦・打楽器部門>第1位)Vol.2

フランス・パリに留学していらっしゃる第30回ハイメスコンクール<管・弦・打楽器部門>第1位入賞者のクラリネット奏者の大久保陽子さんに第2回目のインタビューをさせていただきました。


第1回目のインタビューでは、留学生活が始まり、また新型コロナウィルス感染拡大の中でも変わらず音楽を勉強して色々なことに挑戦してらっしゃるお話しを伺いました。第1回目のインタビューの模様は下記からご覧いただけます。

【留学レポート】大久保陽子さん(第30回ハイメスコンクール<管・弦・打楽器部門>第1位)

オンラインインタビュー実施日:2021年12月13日(月)
インタビュアー 広報委員会 委員長 駒ヶ嶺ゆかり
撮影・記録 広報委員会 副委員長 立花雅和、事務局(立花)

フランスでの生活にも馴染まれて、この度お引っ越しをされたとの事ですが、現在のお住まいの環境について、引っ越しの前後で何か思うところがあったら教えてください。

今私はパリの少し東側、郊外のJoinvile-le-Pont(ジョワンヴィル-ル-ポン)という街に住んでいます。パリへは電車に乗ってしまえば15~20分くらいで出られるような場所です。
6月に引っ越しをしたのですが、その前から引っ越したいな、一人でもっと練習に集中できる環境を見つけたいなと思っていました。たまたま、パリに住む日本人向けのインターネットサイトOvniに家の掲示板ページがあり、そこでこの家を見つけました。ここは元々音楽学生向けの物件ではなく、一戸建てのStudioです。こちらの表現でStudio(ステュディオ)というのは、キッチンとお風呂やトイレも全部付いている物件です。大家さんの家も同じ敷地内にあるけれど完全に離れていて、間にはお庭が少しあってという物件だったのでもしかしたら楽器を吹けるかなと思い、大家さんに直接問い合わせしたところ、多分大丈夫だよという風に言っていただいたので実際に内見に行き、音を出させてもらい大家さんに外で聴いてもらうと、「そんなに大きく聞こえないから大丈夫だよ」と言ってもらえたのでここに引っ越すことを決めた、という流れです。

郊外ですし周りは住宅街なのですごく静かで、治安も良いエリアです。大家さんの家には大きなお庭があり、その奥に私の住んでいる家があるのですが、お庭の間に仕切りがあるので半分は自分のお庭のような感じです。いつも緑が見えて、お庭に亀も住んでいるので見ていると癒されます。練習のため家にいる時間が長いので、景色がないと随分ストレスだったと思います。家の近くにはマルヌ川があるので、川沿いを歩いたりすることもできます。引きこもって練習する環境としては本当にここを選んでよかったなと思って毎日過ごしています。

近所のマルヌ川

家賃は、以前住んでいたパリ国際大学の寮は元々の価格が安く、さらにフランスで申し込める家賃補助制度を利用すると月2〜300ユーロくらいだったので特別安かったのですが、ここは一般的なパリの相場と変わらない家賃です。大家さんはフランス人のご夫妻なのですが、とても親切な大家さんですごくラッキーだったと思っています。個人的な契約で住まわせていただいていることもあり、大家さんからは「住みたい期間だけ住んでいいよ」と言ってくださっています。というのも、ここの家賃が特別安いわけではなかったので、もし他にパリ市内でもう少し安くて便利な物件が見つかってしまった時には引っ越しを考えてもいいのか、という質問を住む前に正直にしたところ大家さんからそのような返事をいただけました。
住み始めてからも、大家さんが例えば郵便物の受け取りだったり、自転車を貸してくれたりだとか、本当に些細なことなのですが全部親切にしてくれていて、他の人の話を聞いているとなかなかこういうことはないなと感じています。自慢の大家さんです。

今の引っ越し先はすごく満足していますが、完全な1人暮らしを始めたことによって人と話す機会が減りました。するとフランス語をしゃべる機会が減ってすっかり口がなまってしまっています。もし留学の最初からすぐ一人暮らしを始めていたら、もっと語学に苦労したかもしれません。最初に寮に住んで、大変でしたが無理やり話す環境に身をおけたというのはすごく良かったなと思います。

さて今年を振り返えられご自分の音楽について考えられている事、演奏会やコンクールなど、どのような活動をされましたか?

今年1年は本当に自分が今まで生きてきた中で一番を成長の幅があった1年だったと思っています。前回のインタビューの少し後くらいに学校の年度末の試験があり、まずそれを良い結果で終えられたことです。インタビューの時に話していたコンクールの結果は二次に進むことができなくてすごく残念でしたが、それに取り組んだことも自分の成長にすごく繋がったと思いました。6月の試験が終わった後、3か月くらいの長い夏休みがあり、3カ月何もしないわけにはいかないので7月は少し旅行も行きました。9月末にイタリアのシチリア島でクラリネットのコンペティションがあったので、それを受けると決めて8月からしっかりまた練習を始めて取り組みました。10月から学校が始まりました。年度末の試験が良い結果で終われたので、1年飛び級という形で今年度は始めることができました。今年度、演奏家課程の最後の試験を受けられることになったので、それに向けて準備をしながらオーケストラのオーディションがあれば受けつつというスタイルで今は勉強を続けています。

シチリア島でのコンペティションの様子

今年1年は演奏会もたくさん行きました。オペラも観に行きました。やっとすべて通常通り開催されているので、たくさん予約して聴きに行けたのですごく満足しています。オペラは5~6本くらい、オーケストラの演奏会もパリ管弦楽団の演奏会や師匠のオーケストラの演奏に行きました。とにかく沢山聴いて吸収したいので、どの演奏会も発売日に予約して10〜15€のチケットで行くようにしています。26歳以下ですとより安く、もしくは同じ値段でより良い席を買うこともできます。

実際に参加したコンペティションの感想や、どのような取り組みを行ったか教えてください。

シチリア島で行われたコンペティションはちょっと変わったコンペティションでした。オーケストラのオーディションのような内容をやるコンペティションです。一次試験はオーディションのように無伴奏で吹きます。二次試験はピアノ伴奏で吹いて、ファイナルはシチリア島のオーケストラと一緒に吹くという試験でした。賞金がもらえるコンクールです。スタンダードなモーツァルトのコンチェルトや、ドビュッシーも課題にありましたが、メインはオーケストラスタディの難しいフレーズをかなりの量準備しなければならないという内容でした。珍しいコンペティションだと思うのですが、これはオーディションのレパートリーを一気に揃えるいい訓練になると思い受けることにしました。夏休みはこのために練習に取り組んでいました。9月末にそのシチリア島でコンクールを受け、一次試験は通りましたが二次試験は残念ながら通れずファイナルには行けなかったのですが、それもとてもいい経験でした。
今、私のクラスにイタリア人の仲間が多くいるのですが、いつも私がイタリア人の演奏を聴くとすごく心に届くなと感じていて、歌い方なのか何か音色もあるとは思うのですが、シチリア島で開催されたコンクールでイタリア人が多く参加しており、生でたくさん彼らの演奏を聴けたというのがすごく良かったです。街を歩いたりするだけでも、言葉をたくさん聞いたり、物を見たり、文化的にたくさん吸収できるものがあったのですごく魅力的な経験ができました。

11月末にもう1つクラリネットのコンペティションがあり、今年はオンラインでの開催だったのでビデオ審査でした。現代曲のレパートリーを含んだ課題で、自分の中で先延ばしにしていたレベルの高い作品に取り組むいい機会でした。たくさんのテクニックを曲から要求され、それによって自分の開発しなければいけないところがたくさん出てきて、強制的に自分に何が必要か見えてくるところが本当にたくさんありました。指がすごく難しいところを練習してもできないとなったら、「この姿勢じゃいかないんだな」「このさらい方じゃいけないんだな」「この覚え方じゃ吹けないんだな」などと、自分が今までの曲をなんとか乗り切ってきたやり方にもたくさん修正するポイントが見つかったので、今回取り組めたことはとても良かったなと思っています。

コンペティションに行く時、ピアニストは同行されるのですか?普段のリハーサルはどのようなピアニストの方となさっていますか?

コンペティションには自分でピアニストを連れて行くこともできるのですが、飛行機代やホテル代などお金をかける余裕がないので、私は基本的に現地でお願いしています。シチリアで受けたコンクールでは、国際コンクールなのですがピアニストの方はシチリア在住の方で皆さんイタリア語しか話せませんでした。リハーサルもイタリア語しか話せないので雰囲気でコミュニケーションをとっていました。フランス語とイタリア語は全く別の言語ではないのでわかる部分もあるのですが・・・でも、すごく皆さんいい方でとても親切だったので問題なくできました。普段はパリでは同じく札幌から来ている鈴木詩音くんとよく一緒に演奏しています。練習も付き合ってもらい、試験でも弾いてもらっています。いつか札幌でも一緒に演奏するのが楽しみです。

コンペティションや学校以外にも音楽家との交流はありますか?また出会った音楽家の中で影響を受けた先生や仲間について教えて下さい。

今年とても嬉しかったことの1つなのですが、今年はロックダウンがなかったので外食やお出かけすることが普通に出来るようになりました。新しい出会い、特に日本人の音楽学生とたくさん知り合うことができてとても刺激になりました。外国で出会う日本人の繋がりは特別に感じ、今後も繋がりが続いたらいいなと思っています。

直接一番影響を受けるのは先生と門下の仲間たちです。レッスンを互いによく聞き合っているので、すごく勉強になっています。パリに来ている留学生は大体25歳前後くらいの年頃の子たちで上手な人がたくさんいます。自分は今年31歳になるのですが、年を重ねている分出来ないことがあると恥ずかしい、というか焦りのような気持ちがあるのですごく刺激になります。レッスンでは皆違うレパートリーを持ってきているので面白いです。できるだけ自分のレッスン以外の時間でも「ああここをこうやって吹くんだ」と聴いて覚えて勉強するようにしています。

20-21年度のパトリック・メッシーナ門下の写真

現在のフランスで、新型コロナウィルスによって変化した事はありますか。

ロックダウンはなかったですが、健康パスが導入されました。ワクチンを打った証明のQRコードがないと外食ができず、演奏会のホールなども入れません。ワクチンを打っていないとしたら検査を直前に受けて、その陰性の証明を持っていないと外食やホールには行けません。
今ヨーロッパでは少し前にドイツが感染拡大し、フランスも感染者数が上がってきて今は日に4~5万人くらい感染者がいます。病院はまだロックダウンするほどの状況ではないですが、先日ディスコが1カ月間閉鎖というニュースを見ました。パリでは人々の感染対策の意識が様々なので、ルールが厳しくならないと人混みの中で不安になることはあります。

夏休みに旅行をされたそうですが、どのように過ごされましたか。

ドイツに住んでいるピアニストの有田麻佑子さん(札幌出身)と、彼女とはコロナ禍であまり行き来して会えなかったのでこの夏は思い切って旅行しよう!という話になり一緒にベネチアに行きました。私はその時初めて行ったのですが、着いた瞬間から街のすべてが美しくて本当に感動しました。コロナ禍を経たことによって、できるときにできることをしなきゃという精神性が身についた気がします。旅行も行けるときに行かなきゃと本当に感じています。


イタリアはフランスとはお隣なのに全く違っていて、まず大きいのは言葉ですが、イタリア語は歌のように私には聞こえてきてそれがとても楽しく、人も明るくて少し温かい感じがしました。イタリアに比べるとフランスは少し冷めた印象を受けますが、居心地がいいなと思うのは個人主義のせいか人が何かしていても良くも悪くも関知せず、自分がしたいことをしているのでそれに干渉しないというところな気がします。
また、9月頭には有田さんが活動拠点にしているハンブルクの学校や教会で演奏をさせていただく機会に恵まれて、そこでも空気感や言語の違い、また違った文化の香りを味わえたことがとても幸せでした。フランスやイタリアでは感じなかった人々の堅実な雰囲気や、電車で会話している人が少ないのがとても印象的でした。

ハンブルクの学校で演奏後、有田さんと学校の先生と

難しい状況下ですが、日本への一時帰国の予定はありますか。また来年にむけ演奏会のご予定はありますか。

来年の夏は帰りたいと思っています。新千歳空港の国際線がずっと閉じているので、東京か大阪しか今はパリから着けるところがなく、着いてからは公共交通機関に乗ってはいけないというルールなので東京か大阪で隔離しなければいけません。泊まる先、隔離できる先がなければ自分でホテル代を負担しなくてはならず、ホテルだと楽器も吹けないですし、お金もかかりますし、よほど絶対に帰らなきゃいけない事情がないと帰れない気持ちです。
演奏会は今のところは特に予定がないですが、今年で今いる学校は終わりにすると思います。だいぶこちらにいることも慣れたので演奏会もできたらいいなと思います。オーケストラのオーディションは機会があればいつでも受けるつもりです。

学校以外での最近の生活や、クリスマスシーズンをどう過ごされるか教えてください。

最近は友達と会うことが増えたのでいろいろなレストランに行ったりもしています。友達といろいろな国の料理が食べられるので楽しいです。日本料理はもちろんですけど、最近はクスクスが好きでよく食べます。
クリスマスは友達とパーティーしていると思います。こっちのクリスマスはやっぱり家族で過ごすイベントという感じでちょっと静かで日本のお正月みたいな感じです。逆にこっちの年末年始がパーティーの雰囲気なのですが、自分にはまだちょっと不思議な感覚で、日本のお正月はいいなと感じます。

ご存知の様にハイメスは法人・個人からの寄付によって成り立つ音楽団体ですが、フランスでは芸術文化、特に若い音楽家への寄付や支援をするといった意識を垣間見る事はありますか?

パトロンのようなことでしょうか。私はフランス人の知り合いが全然いないので一般的な雰囲気はよく知らないのですが、うちの大家さんについて言うと裕福だからかもしれませんが心の余裕を感じますし、いじわるなところが全然なく些細な事だったら何でも与えてくれるという雰囲気があります。また、音楽活動をいつも応援してくれています。

コロナ禍にあって日本からの留学生の数にも変化はありましたか。

きっと通常時に比べたら少ないのではないでしょうか。日本での隔離があり行き来が簡単ではないので、受かるか落ちるかわからない状態で来るのはいつもよりハードルが高いというのは想像できます。一度住んでしまえばなんてことなく住めるので興味のある方にはすぐにチャレンジして欲しいですが、日本にいるとコロナ禍のフランスで生活することへの不安は多いでしょうしやはり心配だろうなと感じます。

では最後に、ハイメスコンクールをひとつのきっかけとして留学を考える若い音楽家達にメッセージをお願いします。

フランスの学校は年齢制限が厳しく、楽器によって違うのですが大学院受験だとピアノは例えば26歳、管楽器は29歳まで(各自調べてください)だったりするので、もしフランス留学に興味がある人は出来るだけ早めに来ることをお勧めします。ヨーロッパにいると国際コンクールも受けやすいですが、30歳未満までのものもよくあります。

第1回目に続き、フランスでの留学生活が益々充実されて、生き生きとされた大久保さんの「明るい声」をお聴きする事が出来てうれしい限りでございました。今後も有意義な留学生活が送られますよう応援しています。

≪大久保陽子さんプロフィール≫ 札幌市出身のクラリネット奏者。北海道教育大学岩見沢校芸術課程音楽コースを卒業後、フリーランス奏者として数年間ソロ、室内楽、オーケストラなど様々なシーンで活動したのち2019年秋に渡仏。現在はパリのエコール・ノルマル音楽院に在学し、国際的奏者であるパトリック・メッシーナ氏の元で研鑽を積む。平成26年度札幌市民芸術祭新人音楽会に出演。第30回ハイメスコンクール管弦打部門第1位。ハイメスアーティスト、札幌音楽家協議会、各会員。

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